アフターコロナの家づくり


日本でコロナウィルスの感染者が最初に確認されてから数か月が経った。世の中の多くの人々と同様、私もこの未曽有の危機に対して無力であり、不安のなか行動を制限して大人しくしている。それでもこの危機の起こる前と後で、私自身の世界に対する視界は少し変化している。

この危機は短期間で去ってくれそうにはない。収束までは数年を要するという専門家の意見もある。今後、緊急事態宣言がいつ解除されようと経済活動をいつまでも止めたままにもできない。どこかで折り合いをつけ、ウイルスと共生する方法を探らなければならない。

そこで、今後の住宅・建築設計に役立つかもしれぬと感じたことをまとめておくことにした。皆さまの今後の家づくりの参考になれば幸いだ。


“物質”の重要性

まずパンデミックが起こり、その後ロックダウン、オーバーシュートといった言葉が出てきた。そして政府による緊急事態宣言の発令に至るわけだが、その間には大きな騒ぎが起きている。トイレットペーパーやマスクの買い占めといった嘆かわしい行動によるものである。最初はそのような騒ぎを起こす日本の状況をメディアで見てバカにしていた海外の人々も自分たちの国で問題が深刻化すると同じ行動をとった。

 

マスクは医療崩壊を防ぐために医療従事者に優先して提供されるべきものではあるが、感染リスクについては他の職業の人々についても同様なので各々がそれを必死に求めることには理由が成り立つ。だが、トイレットペーパーはコロナによる被害の影響とは関係のないものであり、それを買い占めることに意味はないがそうする人が続出した。コロナ禍でのマスクとトイレットペーパーの有用性についてこの場で論じるつもりはないが、要はこのような非常時においてはヒトはなによりも“物質”を頼るということである。この物質には水や食料も含んでおく。

 

そしてその対極とまでは言わないが、現代の人々の生命線とも言えるIT機器やネット環境は私たちから多くの物質を生活から省いてくれた。クラウドにデータを保存しておけば仕事やそれを取り巻く環境も非常に身軽になる。スマホには様々な機能が実装され、銀行に行かなくても振込みができて取引先からの入金も確認できる。身軽になるとは、身辺から物質を取り除くということだ。それは快適で便利で効率的なので皆が享受した。

しかし、ウィルスの脅威にさらされた時に人々が求めたものは、“備蓄”のための物質だった。ITやグローバルといった概念とは一見対極にありそうなアナログな日用品を必死で買い求めた。


“触覚”が研ぎ澄まされる

職種にもよるが、テレワークは以前からやろうと思えばできたはずなのになかなか移行できずにいた会社・業界も多かったが、コロナ禍を機に一気に進みつつある。緊急事態宣言が解除されたら元の勤務形態に戻る(戻される)人もいるだろうが、社会全体としては進んでいくだろう。

私も個人事業主として仕事をしてた時、自宅を事務所として使っていたのでテレワークの良い面・悪い面はよく分かる。それについてはここでは述べないが、仕事の効率云々よりも私が言いたいのは、良くも悪くも感覚が鋭くなるということだ。家で一人で誰とも接することなく黙々と仕事をしていると、どうしても“腰が重く”なる。スポーツなどの趣味を持たないということもあるが、そうでない人でも外出の頻度は減るはずだ。毎日出勤していると、好むと好まざるにかかわらず歩いたり階段を上ったりする。その生活習慣がなくなるだけでびっくりするほど“腰が重く”なる。

そして、事務所が自宅であるのでほぼ丸一日そこで過ごす以上、その空間をできるだけ自分にとって居心地の良い状態をつくり出そうとする。

 

そこで、まずデスク廻りだ。せせこましい気分にならない大きなデスク、たっぷりとしたひじ掛けの付いたチェア、アイデアを書き留める際に気分が乗る気がする万年筆やちょっと値の張るボールペンといったもの。これらはすべて使用する私たちの“触覚”に直接的に訴えかけてくる。これらが気分よく触れることができないものであれば、それはすなわち“不快”であり、一度気になるとどうしようもなくなり仕事の効率は著しく低下する。

そして、次はデスクライト。私はもう20年以上もバイオライトという商品を使っているが、これは目に優しい。おかげで蛍光灯を使用した空間に身を置くとまぶしくて仕方がない。さらには、音も気になるので当然マウスは静音タイプでないといけない、一息入れるためのソファの座り心地も最適なものでなければならないなど言い出したらきりがない。

 

つまり、当たり前のことだが、会社が用意したオフィスで仕事をしていると基本的にはそこにある環境は会社が用意したものだ。それを自分の裁量で好きなように整えることができる。そして、それは神経質と言っても良いほど研ぎ澄まされた“触覚”・“感覚”を頼るものなので、いままでのように職場環境にこだわらないという人は減るのではないだろうか。


コトから“備蓄”へ

コトからモノと書こうとしたが、ありきたりなので備蓄とした。備蓄について具体的に言うと、要は災害用備蓄倉庫を各家庭で持つべきであろうということだ。みんなが大好きなトイレットペーパーを大量に買い込んでも良いし、マスク、アルコールなどなんでも備蓄すればよい。もちろん水・保存食、薬、ラジオ、工具なども必須だ。

 

備蓄というと堅苦しいと思うかもしれないが、積極的に楽しむ方法もある。ワインが好きなら普段はワインセラーとして使えばよい。


セーフルーム・シェルター

このサイトの安全性・セキュリティ”に詳しく書いているのでそちらをご覧いただきたいのだが、要は今回のコロナショックのような有事の際にサバイバルするために存在する部屋だ。


プラス1部屋

長々と書いてきたが要は少し大きくて頑丈な部屋をひとつ用意するということだ。そのためには、家はできるだけ広い方が良い。もちろん建築基準法でそれぞれの敷地に建ぺい率や容積率といった法規がかかってくるので面積には限度があるのだが、それを最大限活用する。

内装や装飾にかける費用はほどほどに、最大限大きくて頑丈な構造フレームによる建物大きさを確保してしまう。そうすればなんとか災害用備蓄倉庫やセーフルームとして使える部屋を確保することができるのではないだろうか。例えば、2階建てで十分かなと思っても関連法規上3階建てでもいけそうなら思い切ってそのヴォリュームで計画するのだ。最近はムダを省くことに意識がいき過ぎてどうも最小限の広さでも良しとする風潮があるが、やはり人生のさまざまなシーンで「あと1部屋あれば」、「もう少し家が広ければ」と思うことはあるはずだ。例えば、子供の家庭訪問で先生が家に来るとか結婚相手を連れてくる、仕事でとてもお世話になった人を家に招くとか、そういった際にカジュアルなダイニングテーブルだけではどうだろうか? きっと「来客用の和室があれば」と思うはずだ。

 

そして、このプラス1部屋がコロナ禍などの有事において役に立つ。家族に感染者がでればその部屋に隔離すれば良い。そうすることで感染のリスクを最小限に抑えることができ、お互いに不要な気遣いもせずにすむ。特に二世帯住宅では最初からフロアでゾーニングしてふだんから生活を分けておく方が良いだろう。キッチンや風呂も各フロアに必要になるので、そういった意味でもできるだけ大きなヴォリュームで建てるべきだろう。

また、よく二世帯住宅で各々の世帯が集まれる共有の庭やリビングを用意している例を見るがあまりお勧めしない。なぜなら、お互いがいつもそこにいるはずもなく、それなのにそのような部屋があると“そこにいないことで逆に気を遣う”ことになるからだ。家族とはいえ、大人の社会なので本来は別々に住まいを構えるのが良いのだろうが事情がある場合でも生活圏はフロアでゾーニングするなど配慮が必要だ。

 

これと対極にあるのがマンションで、大きな建物の一部を専用部分として所有するが、戸建て住宅の庭やガレージにあたる空間は共有部分であり、その空間を楽しむことに使用するのは現実的ではない。構造体も年々グレードが上がっているが楽器の演奏などはやはり気をつかうだろう。つまり、マンションはその部屋数だけのことしかできないのに対し、戸建はもう少し自由になる範囲が増える。それを自ら最大化する予算配分が可能なのだ。


気候変動

もう一つ重要なのは、地球規模で起こっている気候変動だ。これは今後ますます苛烈を極め、私たちの生活を脅かす。古い建物の雨漏りなどはいくら処置しても治らないほど激しい横殴りの暴風雨にさらされる。尋常でないゲリラ豪雨による街の破壊は2018年の西日本豪雨の記憶が新しい。家々は2階まで浸水し、泥だらけの床下空間や内装は後処理を考えることも出来ずに途方に暮れるほどだ。

これまでとはちがった、ワンランクもツーランクも上げた仕様で建物を設計しなければならない。そのための費用を惜しんではならない。建物にとって一番重要なのは“安全性”なのだから。

私たちは阪神大震災や東日本大震災を教訓としなければならない。好みや思い入れだけで建物を建てたり維持管理していれば良い時代はとっくの昔に終わってしまった。


完全EV対応

私の事務所ではオリジナルガレージハウスブランド「GT HOME」を運営している。これらはすべて完全EV(電気自動車)対応としている。ガレージハウスについてはここでは詳しく書かないが、EV対応の利点について書いておく。

世界的なEVメーカーであるテスラは、ソーラーパネル・蓄電池など独自のエコシステムを構築している。つまり、それらの設備を自宅に採用すれば、これまで電力を大手電力会社から購入していたのが、個人単位でまかない、運用することが可能になるということである。コロナ禍で現状どういう状況か分からないが、日本でも家庭用蓄電池を販売するとアナウンスされていたはずなので今後の展開に期待したい。

これは、上記のセーフルームや、気候変動による自宅の孤立などさまざまな逆境に抵抗するためのツールとして多くの可能性を秘めている。

当然、EV専用のコンセントは必須と言えるだろう。専用の配線が望ましいので、できれば新築時に設置しておきたい。私はEVコンサルタントとしても活動しているので、EV購入時に分からないことがあれば相談に乗りたいと思う。


アフターコロナの建築に必要なもの

アフターコロナの住宅・建築設計について述べたが、つまるところ安全や快適さについて多少意識を向ける人にとっては以下に挙げるような部屋・設備が必要だろう。

  1. 災害用備蓄倉庫
  2. セーフルーム(パニックルーム)・シェルター
  3. 仕事部屋
  4. 自前のエコシステム
  5. EV対応ガレージ

EV普及への取り組み『終末水位』についてはこちらをご覧ください

平賀敬一郎 テスラ EV 建築家
テスラジャパンと合同開催した住まいの相談会。アフターコロナについてより深く考えるきっかけともなった。